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エアバス vs ボーイングで考える新製品開発における長期市場予測の難しさ

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皆さん飛行機にはよく乗りますか?

私は仕事でよく使うのですが、実は高いところが苦手なので新幹線で行けるところはなるべく新幹線で行くようにしています。とはいえ、東京から九州や四国に行くとなると、どうしても飛行機になります。なるべく揺れが少なくなるように、ボーイング777と787などの中型~大型の便を選ぶようにしています。空港の雰囲気とか安定飛行中は好きなのですが、怖がりなので…。

国内の旅客機はほとんどボーイングですが、JALボーイング777の後継機種としてエアバスA350を大量発注したとして話題になっています。

一方、グローバルで見ると、旅客機市場は概ねエアバス vs ボーイングという構図になっています。日本がボーイングに偏っているのはいろいろな要因があるのですが、今後は変わっていくかもしれません。

さて、この旅客機を「製品」としてみたとき、自分がプロダクトマネージャーだったらどうするかな…と考えた時期がありました。今回のエントリーでは、製品戦略の視点で旅客機市場におけるエアバス vs ボーイングを検討します。

 

2000年代中盤におけるエアバスボーイングの市場観の違い

私が両社に注目し始めたのは2000年代の中盤のころで、エアバスが大型旅客機A380の開発を進めていたときです。このころ、ボーイングA380対抗となる747Xの構想を打ち出しましたが需要が見込めないとして断念し、新型中型旅客機787の開発を進める方に舵を切りました。

つまり、2000年代中盤において、両社の製品戦略上の意思決定の差は市場観の違いにより生まれたと言えます。その違いは以下の通りです。

今後、航空旅客の需要が伸びることに対し、エアバスは「機体を大型にして1機あたりの乗客数を増やす」(ハブ・アンド・スポーク)との予測をし、この結果がエアバスA380の開発へとつながった。

一方、ボーイングは、空港が整備され、航空機の発着数も増えるため、「大型ではなくても、旅客機がたくさんあれば需要に応じられる」(ポイント・トゥー・ポイント)としており、この結果としてソニック・クルーザーの開発を構想するも頓挫し、後にボーイング767の後継としてボーイング787の開発へとつながった。

引用元:ボーイングとエアバス - Wikipedia

空旅客の需要が伸びることは、両社とも同じ読みでした。しかし、伸び方が違うと見たわけですエアバスは主要な空港同士を大型旅客機で結んでそこから小さな旅客機で繋ぐハブ・アンド・スポーク、ボーイングは各空港同士が結ばれて直行便が増えるというポイント・トゥー・ポイントになると読みました。

現在に目を移すと、羽田空港や地方の空港から海外への直行便が増えてきていて、結果的にはポイント・トゥー・ポイントな世界になってきています。こうして、エアバスA380の需要は当初想定よりも伸びず、現在はニッチ向けの製品となっています。その顛末については、以下の記事で整理されています。

しかし、20世紀後半の旅客機需要の急増に答えたのはボーイング747に代表される大型旅客機です。特に、日本国内においては空港滑走路の整備が追い付いていない状況が続いたので、国家間の旅行に大型旅客機を使い、国内の旅行にはローカル線を使うというハブ・アンド・スポークが適していました。

私は、2005,6年あたりに両社の戦略の違いを知り、自分だったらどうするかなと考えた時期がありました。旅客機市場についてはド素人であるし、ビジネスの経験も浅かったので正直いってよくわからないと悩んだものです。しかし、当時私はプロダクトマネージャーとして小規模ながらITソフトウェアの製品ビジネスを担当していたので、この話は他人事に思えませんでした。

それ以来、ずっと気になっていたのですが、かなり難しい「読み」だったのではないかと想像しています。

 

A380は持続的イノベーションだったのか

ところで、今回のニュースを期に改めて調べてみたところ、A380の明暗を分けたのは単に市場観が違っただけではないと思うようになりました。非連続的に市場構造が変わる要因がいくつか存在していました。端的には、空港整備、規制緩和、技術改良、原油価格の高騰という要因を起点として、「燃費」という軸が破壊的なイノベーションに繋がったのではないかと考えています。そういった意味で、単一旅客機の乗客人数を増やすというエアバスA380の戦略は、持続的なイノベーションだったと言えます。

今から振り返れば当たり前に思えるようなことですが、旅客機というのは開発からローンチまで数年を要するビジネスであり、投資額も膨大になります。こうした中での意思決定というのは、われわれの想像を絶するのではないかと思います。

さて、これを紐解くには、ボーイングに対して後発のエアバスがどう戦ってボーイングに肩を並べるようになったのか、その経緯から考える必要があります。この議論の多くは、以下の本を参考にさせていただきました。

 

エアバスA320の攻勢で市場シェアを拡大

1980年代、ヨーロッパの航空機会社はボーイングやダグラスなどの米国の航空会社の後塵を拝していました。イギリスが開発した世界初のジェット旅客機コメットの空中分解事故や、フランスが開発した超音速旅客機コンコルドの商業的な失敗により、ヨーロッパの旅客機ビジネスは停滞します。そこで、米国企業との正面対決と避け、ヨーロッパの企業連合エアバス・インダストリー(後のエアバス)が、米国企業が開発していなかった双発ワイドボディ機A300を開発。これが世界に普及し、旅客機ビジネスの土俵に乗ることができました。

そして、エアバスは世界制覇のキープロダクトとなるA320を開発します。エアバスA320は席数が100-200の小型機で、国内線から長距離国際線までカバーできるため、旅客機市場ではボリュームセグメントとなります。当時、同一セグメントではボーイングの737が売れていました。737はいまでも売れ続けている超ベストセラーです。主戦場と言うべき市場セグメントでエアバスは戦うことを決意したのです。まさに勝負所でした。

これを成功させるためにエアバスが導入したのが、フライ・バイ・ワイヤという技術です。それまで油圧による制御を行っていた旅客機の操作を電子的に制御するもので、かなり画期的でした。コックピットの様子は以下の記事などで見ることができます。

目の前に大きな操縦桿がないことが特徴で、ゲーム機で使うような操作用のスティックを使って操作します。これによるメリットは、操縦席の目の前にスペースが出きてものが置けるということや、機材のメンテナンス性の向上などがあげられます。これに加えて機材自体のスペース効率がよかったこともあり、A320はベストセラーとなりました。

空白のセグメントを狙ってA300を開発し、ビジネス的な体力とチャネルを開拓してから満を持してボリュームゾーンに攻め込むという戦略。実に痺れるストーリーです。

 

フライ・バイ・ワイヤが引き寄せたエアバスの躍進

A320の成功で勢いをつけたエアバスは、フライ・バイ・ワイヤを搭載したA320派生機に加えて大型機となるA330, A340を開発します。これにより、小型機でも大型機でも同様の操作感で操作できるようになり、ある種のゲームチェンジャーとなりました

というのも、旅客機のパイロットが旅客機を操縦するためには、機種ごとのライセンスを取る必要があるからです。ボーイングの旅客機は機種ごとに操作方法や操作感覚が異なっていたので、一人のパイロットが複数のライセンスを取ることが大きな負担になっていました。また、操作感覚が違うため、大型機を操縦した後にすぐに小型機を操縦するといったオペレーションはできませんでした。

そのため、大きな航空会社では機種ごとに部署が分かれていたほどだと言います。したがって、小さな航空会社では機種を絞り込む必要があったのですが、エアバスのフライ・バイ・ワイヤの登場によって、ビジネスに柔軟性が生まれたのです。こうしたことが成功につながり、エアバスが大きく躍進することになったのでした。

このようにヨーロッパの複合企業体であるエアバスが台頭してくるにつれて、米国内でも企業の統廃合が続き、旅客機ビジネスについてはボーイングに集約されていきました。

これは、エアバス対抗というシナリオだったのですが、この統廃合が結果的にエアバスの勢いを強めてしまうことになったといういうのです。ボーイングに吸収された旧マクドネル・ダグラス社の機種を使用していた航空会社の多くが、フラットにエアバスボーイングを検討することになり、多くの会社がエアバスを選んだということで、ボーイングの目論見が外れることになりました。

こうしたこともあり、1999年に年間受注数でエアバスボーイングを上回ります。これ以降、両社間で熾烈な競争が続くことになったのでした。

 

破壊的イノベーションが生まれたとき

A320の成功を皮切りにビジネスを拡大したエアバスは、ラインナップの拡充を目指してボーイング747の市場に対抗する製品開発を開始します。それが本ブログの冒頭の写真にある超大型機種A380でした。A380は総二階建ての史上最大・世界最大の旅客機です。発表されたときには非常に注目されたのを覚えています。

ボーイングもこれに対抗すべく、747を拡大した747Xの開発を検討するのですが、収益性が確保できないとして開発を見送ることになります。A380のような超大型旅客機はどの航空会社でも購入できるものではなかったので、市場セグメントとしては限られたものとなります。そこで、ボーイングは747Xの開発を進めても市場のパイを奪い合うだけで赤字になってしまうと判断したのでした。実際に、747を改良したに過ぎない747Xは魅力に乏しく、市場の反応は冷ややかなものでした。

そこで、ボーイングは真っ向勝負ではなく、市場のニーズ、今後のトレンドなどをすべて勘案し、中型機787の開発に踏み切ります。787はエンジンが2発の双発機で資材に東レ製の炭素繊維を使用するなど、燃費の向上と長距離運航性能を両立させた航空機です。

長距離運航性能を備えた燃費のよい双発機。結果的にこれが大当たりすることになります。その勝因は以下の通りです。

  1. 原油高の高騰もあり燃費向上が求められた(市場ニーズ)
  2. 長距離運行が可能な性能を備えていた(製品性能)
  3. 空港が整備され直行便が増加した(ポイント・トゥ・ポイント)
  4. エンジンの信頼性が向上し双発機での長距離運行が認められた(規制緩和)

ここで、市場ニーズにあった製品を開発しただけでなく、空港整備や規制緩和といった外部環境の変化も絡んでいたことが分かります。

また規制緩和については、ボーイングが777を展開したときに実現していて、787の開発中に種が蒔かれていたことになります。

このようにして、燃費・経済性というのが旅客機ビジネスにおける破壊的な要素となり、燃費の悪い大型機やエンジンの数が多い機材が徐々に姿を消すことになったのです。市場のプレイヤーすべてに影響する破壊的イノベーションであったと言えるでしょう。

もし、旅客機の大型化という持続的イノベーションが通用する市場環境であれば、結果は違ったかもしれません。

いずれにしても、2000年代初頭に今の市場環境を正確に予測するのは難しいことだと思いました。

 

旅客機市場全体で見るとA380の話は一時的な構図

ところで、エアバスA380ボーイング787はそもそもターゲット市場が違います。したがって、製品ポートフォリオ戦略として、どこに投資するかという事業戦略上の意思決定の違いによって生まれた「一時的な」構図でしかありません。

冒頭に取り上げたニュースにもあるように、エアバスボーイング777と787をひっくるめて対抗できるようにな新機種A350を開発し、攻勢に転じています。以下のデータを見ても、両社が拮抗している様子がわかります。

今回調べてみて、旅客機の開発というのは複雑で長期的なトレンドに左右される難しいビジネスだと改めて感じました。

また、最近ではLCC(格安航空会社)の台頭や、小型旅客機リージョナルジェット(RJ)市場のプレイヤーの変化などがあり、市場構造が変わっていくかもしれません。

自分がプロダクトマネージャーとしてやるとなると胃が痛くなるようなビジネスですが、製品戦略として考えると実に面白いビジネスですね。

 

以上、旅客機市場を題材にした製品戦略のケーススタディでした。